最近、映画『TIME/タイム』を観た。人は25歳を過ぎると老いなくなるが、生き続けるためには絶えず「時間」を稼がなければならない。富裕層は何百年もの時間を持ち、貧困層は明日の命のために毎日奔走する。多くの人はここで世界の不公平さに怒りを覚えるが、さらに踏み込んで、この秩序はなぜこのように設計されたのかと問い続ける人は少ない。もしすべての人が無限の時間を持っていても、人口・資源・生産力が依然として有限なら、システムは同じように持続できない。つまり、あらゆる秩序の本質は、特定の生産力・資源・人口の条件下で、希少性を管理し配分することにある。
しかし本当の問題は、秩序が長期的に運用されると、既得権益や組織構造、経路依存性が形成されることにある。当初はシステムを維持するためのルールだったものが、後には利益を維持するためのルールへと変わるかもしれない。かつては現実に存在した希少性も、次第に人為的に作り出された希少性へと変わる可能性がある。だからこそ、古い秩序は自らの枠組みの中で抜本的な改革を成し遂げることが難しい。改革を突き詰めれば、往々にして自らを否定することを意味するからだ。
そのため、世界の変化はしばしば、古い秩序を無限に最適化することではなく、周期と循環によって進化する。古い秩序は前の段階の問題を解決する一方で、新たな生産力と環境の中で次の段階の問題を生み出し、矛盾が臨界点まで蓄積す