最近劉邦の物語を読んで、特に彼の若い頃の経験に心を動かされた。その時彼はまだ泗水亭長で、要するにただの遊び人、街の溜まり場で飯を食い酒を飲むだけの男だった。曹氏の小さな酒館によく寄っては、飯や酒を奢ってもらっていた。曹氏は未亡人で、一人で子供を育てながら商売をしていたが、劉邦に対してはとても気配りが行き届いていた。彼女は決して借金を催促せず、年末には帳簿を破り捨てた。後に劉邦は呂家の勢力に取り入れるために呂雉と結婚し、すぐに曹氏を捨てた。しかし、その女性は怒ったり恨んだりせず、黙って劉肥を産み育てた。
私が最も彼女の知恵を感じさせるのは、その後の決断だ。劉邦が天下を平定し皇帝になったとき、わざわざ沛県に戻り、彼女と劉肥を宮中に招き入れて幸せにしようとした。だが曹氏はすぐに跪いて頭を下げ、「あなたは息子を連れて行ってください、私は宮に入りません」と拒否した。この瞬間、彼女の洞察力の深さがよくわかる。
彼女ははっきりと見通していた。劉邦は困難を共にした仲間と富貴を共にできるかもしれないが、宮廷の美女たちと共に暮らすことはできないと。宮中は美女が群れ、彼女はすでに年を取り色あせている。何よりも、呂雉の性格の冷酷さと、宮廷の争いの激しさを見抜いていた。曹氏のように家柄も美貌も持たない女性が宮中に入るのは死に直結する。だから彼女の拒絶は自己防衛であり、同時に息子の未来のための布石でもあった。
原文表示