友人がニューヨーク市で働いて得た給与明細を見せてくれた。
総支給額:$65,340
そこから控除と源泉徴収が差し引かれた。
政府:$32,740
手取り:$32,600
彼は、給与が自分の口座に入金される前に、そのおよそ半分が文字どおり消えていくのを目の当たりにした。
しかもそれは、家賃、食料品、ガソリン、保険、その他何かに1ドルでも使う前の話だ。
税金が不可欠な公共サービスの財源になっていると主張することはできる。
それはそうだ。
しかし、給与明細を見て、自分は$65,340のために働いたのに、手元に残ったのは$32,600だけだと気づいたとき、こう尋ねたくなるのも無理はない。
自分が稼いだお金のうち、実際に自分のものなのはどれくらいなのか?
より大きな問題は、ほとんどの人が、1枚の巨額な請求書によって課税の全コストを感じるわけではないことだ。
それを給料日ごとに感じる。
何かを買うときにも、また感じる。
不動産を所有するときにも、また感じる。
投資するときにも、また感じる。
やがて人々は、自分がいくら稼いでいるのかを尋ねるのをやめ……。
実際にいくらを手元に残すことが許されているのかを尋ね始める。
原文表示